谷川俊太郎诗11首
「私」に会いに
国道を斜めに折れて県道に入り
また左折して村道を行った突き当たりに
「私」が住んでいる
この私ではないもうひとりの「私」だ
粗末な家である
犬が吠えつく
庭に僅かな作物が植わっている
いつものように縁側に座る
ほうじ茶が出た
挨拶はない
私は母によって生まれた私
「私」は言語によって生まれた私
どっちがほんとうの私なのか
もうその話題には飽き飽きしてるのに
「私」が突然泣き出すから
ほうじ茶にむせてしまった
呆けた母ちゃんの萎びた乳房
そこでふるさとは行き止まりだと
しゃくりあげながら「私」は言うが
黙って昼の月を眺めていると
始まりも終わりももっと遠いということが
少しずつ腑に落ちてくる
日が暮れた
蛙の声を聞きながら
布団並べて眠りに落ちると
私も「私」も〈かがやく宇宙の微塵〉となった
有一个简陋的家
狗叫着
院子里种着少许的农作物
我如往常一样坐在屋外走廊上
泡了焙煎茶
没有打招呼
我是母亲生下的我
“我”是语言生下的我
哪一个是真正的我呢
尽管早已腻烦了这个话题
“我”突然开始哭泣
而被焙煎茶呛到
已痴呆的母亲的干瘪乳房
是故乡的终点
“我”一边抽噎着说
当我默不作声地眺望着白昼之月
开始和结束这些更遥远的
一点点地了然于心
太阳西下
听着蛙声
一铺上被褥入睡
我和“我”就变成了(闪耀宇宙的碎片)
ある光景
人っ子一人いない野原に立ったつむじ風が
行き場を失って戸惑っている
気化した夥しい涙は綿雲となって
瀕死の青空の片隅に浮かぶ
草のあいだに点々と骸が転がっているが
それを啄ばむ鳥たちの姿はない
かつて音楽と呼ばれたものの気配が
気弱な背後霊のように漂っている
人々が考え語り書き継いだすべての言葉は
そもそもの始まりから間違っていた
生まれたばかりの仔犬に向けられた
無言のほほえみだけが正しかったのだ
海がひたひたと山々に近づき
星がひとつまたひとつと瞑目する
「神」がまだいるからか
それとももう死んでしまったからか
世界の終わりはこんなにも静かで美しい…
と 私は書いてみる
言葉には私の過去ばかりがあって
未来はどこにも見当たらない
草之间虽有散落的尸体
却看不到啄食它们的鸟
曾经被称为音乐之物的迹象
像背后怯懦的幽灵飘荡
人们思考、讲述和写下的所有语言
本来从开始就是错误
只有盯着刚生下的小狗崽
发出无言的微笑才是正确的
大海上升悄悄逼近山峦
星星一颗接一颗地安息
“神”真的存在吗?
还是已经死去?
世界末日是如此的宁静而美丽……
——这是我想写下的句子
语言里只有我的过去
却怎么也找不到未来
朝です
寝床の中でまずのびをします
むっくり起き上がります
おしっこします
新聞を取ってきます
私は微小なパワープラントです
散りかかる落葉の力
むずかる幼児の涙の力
遠ざかる口琴の響きの力
何気ない句読点の力
おはようの力
見えないマトリックスが
微小なパワーをむすびつけます
私もそのむすび目のひとつです
テーブルの上に地球が載っています
私は地球と睨めっこです
人参ジュースを飲みます
デスクトップのスイッチを入れます
しばらくぼんやりします
思いがけないコトバが浮かびます
こんなふうに 水泡のように
飘散的落叶之力
哭闹幼童的眼泪之力
远去口琴的响声之力
无意的标点符号之力
早安之力
看不见的矩阵
连接着微小的动力
我也是那其中的一个结
地球坐在桌子上
我向地球做鬼脸
喝着胡萝卜汁
打开电脑
发呆了一会儿
意想不到的语言浮现
就好像水泡一样
さようなら
私の肝臓さんよ さようならだ
腎臓さん膵臓さんともお別れだ
私はこれから死ぬところだが
かたわらに誰もいないから
君らに挨拶する
長きにわたって私のために働いてくれたが
これでもう君らは自由だ
どこへなりと立ち去るがいい
君らと別れて私もすっかり身軽になる
魂だけのすっぴんだ
心臓さんよ どきどきはらはら迷惑かけたな
脳髄さんよ よしないことを考えさせた
目耳口にもちんちんさんにも苦労をかけた
みんなみんな悪く思うな
君らあっての私だったのだから
とは言うものの君ら抜きの未来は明るい
もう私は私に未練がないから
迷わずに私を忘れて
泥に溶けよう空に消えよう
言葉なきものたちの仲間になろう
你们为我劳累了一生
以后你们就自由了
要去哪儿都可以
与你们分别我也变得轻松
只有灵魂的素颜
心脏啊,有时让你怦怦惊跳真的很抱歉
脑髓啊,让你思考了那么多无聊的东西
眼睛、耳朵、嘴和“小鸡鸡”你们也辛苦了
我对于你们觉得抱歉
因为有了你们才有了我
尽管如此没有你们的未来还是明亮的
我对我已不再留恋
毫不犹豫地忘掉自己
像融入泥土一样消失在天空吧
与无语言者们成为伙伴吧
書き継ぐ
渓谷沿いの単線を電車が走っていて
猿どもはもう進化を諦めていて
懐かしいバグパイプの音も遠ざかって
私は詩を書き継ぐしかない
ソファで母親が赤ん坊に乳を含ませていて
白昼の街角で不意に爆発が起きて
新しい朝に騒がしい意見が聞こえてきて
少年はむっつり漫画を読んでいて
それがどうしたというのだろう
正史には英雄だけが勢ぞろいしていて
疵だらけの古い映像が映っていて
私は詩を書き継ぐしかない
終わりが見つからないのは
始まりを知らないからだ
信じることを日々疑い続けて
空だけが救いのように広々している
行き場所のないゴミとともに生きて
行方不明者たちの名を忘れて
祭壇に捧げるものを質に入れて
ナノメートルと光年の区別もつかずに
息つく暇もなく賛否を問われ
揺れ動く気分をかわしながら
意味よりも深い至福をもとめて
私は詩を書き継ぐしかない
沙发上母亲让婴儿含住乳头
白天的街角突然发生爆炸
在新的早晨传来喧闹的意见
看漫画的少年绷着脸
那个该怎么说呢
正史里只有英雄齐聚
充满瑕疵的旧影像放映着
我只能继续写诗
看不到结局是由于
不知道开始
我每天怀疑着相信的事
只有天空仿佛救赎一样展开
与无处可去的垃圾一起活着
忘却失踪者的名字
把供奉祭坛的东西作为抵押
辨不清纳米和光年的差别
被赞成和反对追问得喘不过气来
依旧交换动摇的心情
为了追求比意义更深的至高幸福
我只能继续写诗
私は私
私は自分が誰か知っています
いま私はここにいますが
すぐにいなくなるかもしれません
いなくなっても私は私ですが
ほんとは私は私でなくてもいいのです
私は少々草です
多分多少は魚かもしれず
名前は分かりませんが
鈍く輝く鉱石でもあります
そしてもちろん私はほとんどあなたです
忘れられたあとも消え去ることができないので
私は繰り返される旋律です
憚りながらあなたの心臓のビートに乗って
光年のかなたからやって来た
かすかな波動で粒子です
私は自分が誰か知っています
だからあなたが誰かも知っています
たとえ名前は知らなくても
たとえどこにも戸籍がなくても
私はあなたへとはみ出していきます
雨に濡れるのを喜び
星空を懐かしみ
下手な冗談に笑いころげ
「私は私」というトートロジーを超えて
私は私です
我是少量的草
也许有点像鱼
虽说不知道名字
也是笨重闪耀的矿石
然而不用说我也几乎就是你
即使忘却也不会消失
我是被反复的旋律
心有余悸地踏上你心律的节拍
从光年的彼方终于来到的
是些微波动的粒子
我知道自己是谁
因此也知道你是谁
即使不知道名字
即使在哪儿都没有户籍
我也会向着你逃逸
我喜欢被雨水打湿
我怀念星空
因笨拙的笑话捧腹大笑
超越“我是我”的陈词滥调
我是我
廃屋1
家に女が入ってきた
別の扉から男が入ってきた
黙ったまま男が服を脱いだ
女も脱いだ
女の右手が男の下腹に触れた
くすんだ硝子窓のむこうに街がけむっている
男の指が女の乳首をつまんだ
くぐもった声
女に男が入ってきた
ふたつのからだが汚れた床の上で
海のようにうねって…やがて静まった
遠く豆がはぜるような銃声が聞こえる
黙ったまま男が服を着た
女も着た
家から男が出ていった
別の扉から女が出ていった
街道在灰暗的玻璃对面冒着烟
男人的手攥着女人的乳房
在含混不清的声音中
男人进入女人
两个身体在弄脏的床上
大海一样起伏……不久后静下来
远远地听得见像豆子爆裂的枪声
一言不发的男人穿上了衣服
女人也穿了
男人走出家门
女人从别的门出去
廃屋2
床板の一枚を剥がすと
一冊の日記帳が隠されているはずだ
人目に触れるのを拒みながら
触れることを期待した文字の群れが
ひっそりと紙の上で褪せていく
その明示はもうほとんど意味を失っているが
その含意は辛うじて生きる歓びの余韻を残している
「八月六日 晴
《神》は人の言葉で語らない、
それは空の言葉、風の言葉、烏の言葉、
岩石の言葉、ムカデの言葉、毒茸の言葉で語る。
人の言葉を忘れ去らなければ聞こえない言葉、
人の最初のあやまちはそれを《神》と名づけたことだ。」
床板を割って獰猛な植物が室内を侵している
傾いた戸棚に向かって蟻が長い列を作っている
かつて神と呼ばれた何ものかは
語り続けることをやめない
“八月六日,晴
‘神’不用人的语言说话,
用的是天空的语言、风的语言、鸟的语言,
岩石的语言、蜈蚣的语言和毒蘑菇的语言。
若不忘掉人的语言就无法听到的语言,
人最初的过错就是将它命名为‘神’。”
打破床板,狰狞的植物侵入室内
蚂蚁朝着倾斜的橱柜排成一长列
曾经被称作神或什么的东西
不会放弃不停诉说的话语
廃屋3
埃が積もっている布貼りの椅子
床にころがる腕のもげたなんとかマン
記憶になる前の時間を誰かが持ち去った
かすかに硝子窓を鳴らす風に
脅かされるのは心か精神かそれとも魂?
名づけ難いものが多すぎる此処
透明なふたつの人影がキスしている
分断された物語と国境
遠くの海からゆっくり潮が満ちてきて
いつか水浸しになる無数の書類
ぽっかり浮かんでいるビーチボール
はりめぐらされた見えない蜘蛛の巣
どこで暮らしているのだろう 今
此処で生きていた人々
それは私たちかもしれない
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